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2015
10.01

全ての電装品はエネルギーを食う

今の車はあらゆる部分で電気を使う。これは電気で走るEVに限らない。霧状に噴射したガソリンに火花を飛ばして爆発させるし、ペダルの踏み加減だって電子制御。普段は気に留めないエアバッグやABS、自動ブレーキといった安全装備もそう。夜道を照らすライトや車内を快適にするエアコンだってもちろん電気。昔は手動だった窓の開閉だって今じゃパワーウィンドウだし、スライドドアさえも自動である。

電気は当然ながらエネルギーだ。EVなどは他から充電した電気を直接使うが、回生ブレーキを除けば、基本的にはガソリン燃やしてエンジンを回し、発電で得たエネルギーである。電装品を使うほど電力消費量が増え、その発電のためガソリンの消費量が増えるのだから、燃費が悪化するのはアタリマエ。裏を返せば、電気を使わなければ燃費は向上する。

ドライバーの知らないところで勝手に働くモノ、例えばエンジン制御や安全装備のセンサーなどは、動かし方に工夫の余地はない。車を動かしてる時間をなるべく減らすのみだ。

電気を食うと聞いてまず思い浮かぶのがライトだろう。車幅灯やルームランプを点けっ放しで一晩放置したら、いとも簡単にバッテリーがあがる。出掛けようとしてエンジンがかからず焦った経験を持つ人も多かろう。

ライトの中でも特に光量の多いヘッドライトは相当で、夜間に走るとそれだけで燃費が悪化するのはそのせい。100m先を見通そうっていうんだから当然だ。しかしその上を行くのがブレーキランプ。後方に注意を促すブレーキランプは、明るさもさることながら、使用頻度が半端なく高い。ペダル踏んで減速すれば点灯するし、信号待ちの間ずっと点きっ放し。JAFのサイト(http://www.jaf.or.jp/rservice/data/battery/tendency.htm)を見ても、この二つが電力消費量2位と4位を占める。ウィンカーや車内灯などの他のライトも、ヘッドライトやブレーキランプに及ばないものの、使えば当然それなりに消費する。

つまり、ライトの使用をできるだけ減らせればそれだけ効果アリ、ということ。

そうは言っても、真っ暗闇をライトも点けずに走るのはただの愚か者。ブレーキだって踏まなきゃならないし、ウィンカー出さず車線変更するのもハタ迷惑だ。何より安全最優先。ワイパーも想像以上に電気を食う(前述のJAFページで5位)が、これもライトと同様に、少々の燃費向上より視界の確保の方がずっと大切である。

ライトの工夫は「チリも積もれば~」というやつで、チッポケな積み重ねがものを言う。必要ないときに消す程度で工夫の余地は小さいが、トンネル出たら小まめに消すとかで、トータルでは結構違う。エコドライブといえばブレーキを踏まずに走るのが奨励されるが、ひとつにはライトの使用を減らす意味もあるのだ。

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2015
06.21

最も重要なパーツを整備せよ

エコドライブは車の操作テクニック。ドライバーの思い通りに車を動かせなきゃ話にならない。そのためにまずは車の整備が大切だ。壊れた車じゃ燃費どころか自分の命さえ失うことにもなりかねない。当前だが車の整備は基本のキ。バスやタクシーなどの職業運転手だったら、日々の点検を怠ることはあり得ない。

では何の整備が一番重要か。車を機械として考えればまず地面と触れるタイヤだろうが、車社会を生きる者と車を捉えれば、ドライバー自身の健康が最も大切だ。センサーと判断と操作の全てを担うんだから、ドライバーこそ最も重要な車のパーツである。

その意味で大切なのは、当たり前だが、ハッキリした意識で運転すること。酒酔い運転はもちろん違法だが、過労運転だって同様に違法。居眠りするほど疲れた状態で運転しちゃダメだし、たとえ眠り込んでしまわなくても、注意力や判断力が低下した状態でまともに運転できる訳がない。そうならないように体調管理やスケジュール管理するのはもちろん、疲労を感じたら早目にきちんと休憩をとることだ。

いくら身体が元気でも、運転に集中しなければ同じこと。ハンドル握りながらスマホ眺めたりメール打ったり、死にたいとしか思えない。渋滞や信号待ちで動いてない時でも、他の車や歩行者の動きに注意を払わないと迷惑がかかる。自分だけでなく、周囲も含めて追究してこそ真のエコドライブだ。信号が変わったのに気付かず、前の車に置いていかれて慌てて急発進する光景をよく見かけるが、危険だしエコに反することは容易に想像がつくだろう。

ガチガチに緊張していたら上手に走れないし、すぐ疲れてしまうから、リラックスは大切。しかしリラックスと気を抜くのとは違う。1tを超える鉄の凶器を操作している自覚を持って、最低限度の緊張感と集中力は常に持ってほしい。ほしいというか、むしろ当然の義務だと思うのだが。

そのためには、きちんと運転姿勢をとれるシートポジションが重要になる。シートバックはなるべく立てた方が、身体の重みを腰で受け止められるから、長時間座っても疲れない。倒し過ぎは首肩腰が疲れるだけ。足元はブレーキペダルを一番奥までしっかり踏み込めて、なお引っ掛かることなくアクセルとブレーキを踏み替えられる位置。あとはハンドルの一番上を握っても腕が伸び切らないこと。逆に腕が曲がりすぎてハンドルを抱え込むのも×。これだと急ハンドルを切ることができない。

きちんとした着座姿勢をとれば、あとはミラーを調整するだけ。ルームミラーは首を曲げずに視線の移動だけで後ろを確認できるようにし、サイドは自分の車も映りこむように。さもないと遠近感が掴めない。つまりは教習所で最初に習う基本そのまんま、だ。

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2015
05.30

相応しい靴で走ろう

自分の足で走ることを考えると、誰でも真っ先に思い浮かぶのは靴だ。ジョギングするなら最初にジョギングシューズを買う。走り易さに直結するから、多少奮発してでも身体にあった良いものを選ぶだろう。

車も同じ。ちゃんとしたタイヤを履いてないと走れない。燃費を重視するならエコタイヤを選べばよいし、冬に雪が降る地域ならスタッドレスタイヤ必須。冬に普通タイヤが危険なのと同様、夏にスタッドレスも使えない。季節や用途に応じて履き替えるのは、いつでもジョギングシューズで過ごせる訳じゃないのと同じだ。

タイヤは車の重みを一身に受けながら常に地面で擦られて酷使されるし、年数経てばゴムも劣化するから、それなりに更新が必要となる。決して安い買い物じゃないが、ジョギングよりも命に直結するだけに、安さだけでタイヤを選ぶのは避けたい。タイヤが違えば燃費の差もバカにならないから、日常的にかかるガソリン代に比べれば、少々高価なタイヤにしても損はない。タイヤがすり減って交換のサインが出たら、少々勿体ない気がしてもちゃんと交換しないと危険だ。交換の頻度を下げたければ、ちゃんとしたエコドライブでタイヤの負担を減らせばよいのである。

そうは言ってもタイヤの履き替えは多くても年に数度。それより日常のエコドライブにとって大きいのは、タイヤの空気圧だ。

特に空気圧が低いのはマズイ。しぼんだ風船の上に重いものを乗せたら、地面にベタっと貼りつく。そんなんじゃマトモに走れず危ないし、最悪バースト。燃費だって当然悪い。ベタベタの地面を歩くことを思い浮かべれば分かるだろう。

逆に空気圧が高くなると、路面からの抵抗が少なくなって燃費はよくなる。この路面抵抗を少なくするってのはエコタイヤの考え方と同じ。ただ高ければ高いほどOKではなくて、高すぎると路面に力を上手く伝えられず、逆に燃費が悪化したり、運転に支障を来すことにもなる。真ん中ばかり減るからタイヤの寿命も縮むし、ボンボン跳ねるボールに乗ってる感じだから、乗り心地も硬く不快になる。何事もホドホドが肝腎だ。

安全に燃費よく走るのに相応しい空気圧は、運転席ドアの柱かドアの隅に記されている。この数字にあわせるのが基本だが、10%くらい高めにしておくのがオススメだ。高速道路や重い荷物を載せるときなど、高めにすべき場面はたくさんあるし、燃費の向上も見込める。タイヤの空気圧は何をしなくても自然と減ってしまうから、低い空気圧で走ってしまう危険を回避する意味もある。極端に高くしなければ、乗り心地だって許容範囲だろう。

とにかく、すり減ったタイヤと空気圧の過度の低下は絶対に避けること。安全のためだ。

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2015
05.11

まずはダイエット

車を使わなきゃならないという前提で、なるべく省エネで走る。できるだけ車に楽をさせてやるには、どこから手をつけたらよいだろうか。

車は人や荷物を目的地まで運ぶ道具で、その仕事量はぶっちゃけ物理の法則だ。別に細かい数式や定理を持ち出すつもりもないし、詳細に理解する必要もないが、仕事量には必ず重さが関わってくる。人間自身が荷物を運ぶのと全く同じ。荷物が重ければ大変だし、軽ければ楽。しかも車が走っている間ずっと影響する。

つまりエコドライブの第一歩は軽量化、すなわちダイエットなのだ。

車で一番重いのは、荷物や人よりも車自体。特にエンジンやバッテリー。車を買う時にカタログを比べれば気付くことだが、だいたいにおいて大きな車ほど燃費は悪い。それは重さが大きな原因。高級車ともなれば、まるでエンジンを運ぶためにでかいエンジン積んでるかの様だ。深く考えずに不相応に大きな車を買ってしまったり、使いもしないオプションを装着すると、次の買い換えまでその重さを引きずることになる。

しかしまぁ好きで買ってるんだし、日々のエコドライブとは別問題。人間で言えば体格の違いなので置いといて、日頃できる車のダイエットといえば荷物を減らすことだ。

やることは単純、簡単。無駄に積んでる荷物を小まめに降ろせばOK。最小限の必要なものだけ積んで、できるだけ身軽に走ってやれば、それだけ車も楽ができる。誰にでも分かるし、いや分かってるだろうし、当然すぎて異論も出ないだろう。

でも実はこうした『アタリマエ』ほど、なかなかできない。

重い荷物を積んだり定員フル乗車で坂道上ったりすれば車の負担を感じることはできるが、ドライバーの苦労は大して変わらない。楽ができると言ったって、動くのは車でエネルギー源はガソリンとかだから、今ひとつ実感がないのだ。

そのうえ、無駄な荷物ってのは、デカイのをドカンと載せれば意識もするが、大抵はちりが積もって山となる。ひとつひとつは小さな軽い荷物だから、つい(ちょっとくらい大したことない)と思ってしまう。しかしその甘えこそが命取り。知らない内に内臓脂肪のように溜まってメタボとなる。小さなことをしっかり意識してコツコツ改善していくのが、実は遠回りなようで一番近道なのは、人間のダイエットと全く変わらない。

ダイエットといえば、もちろん乗ってる人間も結構な重さがある。あまりに体重が多い人は、自分自身がダイエットするのもよいかも知れない。数度に一度でも車を徒歩に換えたなら、車でガソリンを使う機会自体も減って一石二鳥だ。
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2015
04.30

その車、ホントに使わなきゃならんのか?

エコドライブは車の運転術だから、車を使うのが前提。そうでなきゃドライブにならない。その中で『なるべくエネルギーを使わず目的地まで辿り着く』ようにして、できるだけの省エネを心掛ける。エコドライブとしてできることはそれが全てだ。

しかし車とのつきあい方から考えてみれば、エコのためにできることはまだある。エコドライブ以前に『その車、ホントに使わなきゃならんのか?』である。

こう書くと(車じゃなくて電車やらバスやらの公共交通機関を使えとか言うんだろ)と思われるかもしれないが、そんな偉そうな話ではない。1~2分も待てば次の電車やバスがやってくる都会ならそれも可能だろうが、地方に行けば1本逃したら1時間先とかザラ。駅やバス停まで遠いだけならまだしも、そもそも路線がなければどうしようもない。車に乗らなきゃ生活が成り立たないのだ。つまり使わざるを得ない。公共交通機関の利用とか、恵まれた環境にある人が気軽に言うべきじゃない。

だがそれでも敢えて『その車、ホントに使わなきゃならんのか?』と問う。それは、人間は易きに流れるものだからだ。

車が必需品である人ほど、車を使うハードルは低くなる。例えば都会ではちょっと買い物に出掛けるだけでも駐車場代が結構かかるが、郊外では当たり前のように無料。渋滞の発生や家に一台置いとくだけの駐車場代だって段違いだ。

車の所有や使用のハードルが高い都会の人ほど「ホントに車で出掛けるべきかな?」と一歩立ち止まって考えられる。まぁそれは、別の選択肢があるからではあるけれど。

しかし日常的に車を使う人は、すぐそこの歩いて行けるコンビニにでも車で行ってしまう。無意識のうちについ車に乗り込んでしまう。「これは車を使うべきときなのか?」などとあまり考えない。車が必需品であるという観念の元、その日常性に馴れてしまいがちなのだ。

この馴れが一番怖い。エコドライブは小さな省エネの積み重ねだ。小さな無駄に対する馴れや(ほんのチョットならいいだろう)という小さな甘えが積もり積もって大きな無駄となるのが最大の難敵。しかも敢えて自覚しないとなかなか気付かないのが厄介だ。

車の使う使わないも同様。この選択はゼロか否かの選択であるため、正確にはエコドライブではなく、それ以前の問題なのだが、その効果、いや影響は他のエコドライブテクニックよりも実は遥かに大きい。だいたいにおいて、こうした根源的な部分が一番重要であって、アクセルをどう踏むとかの細かいテクは効果も些細なものなのだ。

車は生活必需品。だからこそ常に心の中で「今、ホントに車が必要か?」と自問したい。


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